店長になるといろいろな事柄を管理しなければなりません。
特に難しいのが「人材管理」。
スタッフの頃でも、「新人教育」という仕事はありますが、店長になると「新人教育できる人を教育する」という仕事が待ち構えています。
一見すると「新人教育」と「新人教育できる人を教育する」ってそれほど違いがないように思えますが、それはある程度別の仕事を思った方が良いかと思います。少なくとも私はそう認識していました。
※もちろん似ている部分もたくさんあります。
私が店長時代意識していたのは、「自分の教え方を強要しない」ということです。つまり、私がAという方法で新人教育しているからといって、他の人にAという方法で教えなさいよ、という風には言わない、ということです。
むしろ最初は、ほとんど何も教えません。今日はこれを教えてください、という指示は出しますが、じゃあそれをどのように教えるかについては指示しません。
もちろん、何か困ったときにアドバイスはします。でも、それだけに留めておきます。個人的に「これは、こう教えた方がいいよ」と言いたくなる気持ちが湧いてきますが、それをぐぐっと押さえ込みます。
で、こういうやり方をするとどうなるかというと、だいたいにおいて最初はうまくいきません。Xさんはうまく仕事を覚えてくれたけれども、Yさんはなかなか・・・みたいなこともよく起こります。
この段階で「あぁ、人に教えるのは難しい事なんだな」と思ってもらえれば、ひとまずは成功というところです。
これを知識として「人に教えるのは難しんですよ」と伝えてもほとんど効果はありません。実感として、あるいは体感としてその難しさを感じてもらわないと次のステップには進めません。
難しさが体感できれば、その次に「じゃあ、どうすればいいのか」という視点に立てます。で、「相手を見て教え方を変える」という答えが出てきます。相手の理解に合わせて、こちらの言い方、表現をアレンジする工夫が出てくるわけです。
※すぐに出てくる人もいれば、そうでない人もいます。
「教育」というのは、こっちが持っている知識を相手に渡す、という単純な作業ではありません。そういう知識のコピペで済むことではないのです。
ある程度マニュアルめいたものは作れますが、実際は一回一回の「教育」がアドリブのような要素を持っているわけです。
この点さえ理解してもらえれば、その人の「新人教育」のレベルはぐんぐんあがっていくでしょう。
最初にAという方法を提示してしまうと、そのやり方を絶対視してしまって、Aという方法で覚えてもらえない場合「覚えられないコイツ(新人)が悪い」みたいなゆがんだ視点が出てきかねません。本当に必要なのは教える側の工夫なのにもかかわらず、です。
これを理解してもらうために最初の方で失敗してもらうのは、一種の「投資」と言えるでしょう。
店長的視点に立てば、ほとんど失敗するであろうことを見守るというのは心理的にモヤモヤしたもの、イライラする感じがあるかもしれません。でも、それを乗り越えるぐらいの大きな心(あるいは多少の大雑把さ)が必要なのではないかと思います。